丸家の屋敷神から、日本人の「家」と共同体を考える
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1.丸家の築山にある屋敷神

丸家は、江戸時代に徳川将軍の日光社参の道として整備された日光御成道に面した場所にあります。
かつて母屋として使われていた建物(現在は丸園の体験会場)の北側には、小高い築山があり、その頂(いただき)には、丸家の屋敷神として金毘羅宮が祀られています。
この築山の詳細については、別ブログで記しますが、築山の上からは、現在でもさらに北側に続く圃場を一望することができます。
今ではこの御成道の向かい側に建物が建ち、視界はかつてほど広くありませんが、昔はここから富士山も望むことができたと聞いています。
丸家の地所を使って行われる丸園
農村文化体験に参加された方をここにご案内すると、多くの方がこの築山を見上げ、「なぜ家の中に神社があるのですか。」と尋ねられます。
現代では住宅の敷地内に神を祀る光景は珍しく感じられるとも思いますが、かつての日本の農村では、屋敷神は決して特別な存在ではありませんでした。
今回は、その入り口として、屋敷神とともに暮らしてきた私自身の実感をお伝えします。
そして今後、この屋敷神を起点として、日本人にとって「家」とは何だったのか、さらに地域の共同体へと話を広げていきたいと思います。
2.なぜ金毘羅宮なのだろう
築山は江戸時代の終わりころにはできていたと聞いていますが、丸家に金毘羅宮が祀られるようになった経緯を示す資料や伝承は残っていません。
私に丸家の歴史を教えてくれた祖母も、自身が嫁いできた頃にはすでに築山も金毘羅宮もあり、その由来についてははっきりとは分からないと話していました。
香川県・金毘羅宮は険しい山のうえに鎮座し、古くから航海や水運の安全を守る神として信仰されてきました。
一方で、私の住んでいる地域は江戸時代、舟運を利用して江戸へ米や季節ごとの農産物などを供給していた地域でもあります。
このような地域の歴史を考えると、丸家の先祖が物流の安全や農業・商いの繁栄を願い、築山の頂きという高い場所に金毘羅宮をお祀りした可能性も想像できます。
この土地の歴史をたどっていくと、そのような願いが込められていたとしても不思議ではないように感じています。
3.毎年、管理を続けるという当然のこと
丸家では、年末になると金毘羅宮の周辺を掃除し、お正月には飾り付けとお供えもします。正月三箇日は、朝と夜のお供えも、その都度交換しています。
また、築山そのものについても、年間を通して植木の手入れや除草を行い、神様が気持ちよくお鎮まりいただける場所であり続けられるよう管理を続けています。
一見すると、時間も労力も必要な管理作業に見えるかもしれません。
しかし、これは私たちにとっては特別な行事ではなく、日常として、丸家の中で代々受け継がれてきた営みです。
毎年同じことを繰り返し、四季の移ろいとともに屋敷神と向き合っていると、不思議なことに「管理している」という感覚は薄れていきます。
子どもの頃には、築山に屋敷神があるという日常が特別なことだとは思っていませんでした。しかし、大人になって振り返ると、「毎年同じことを続ける」という営みそのものが、屋敷神とともに暮らすという感覚を育んできたのだと感じています。
私は、このような感覚こそ、日本の農村で長い時間をかけて育まれてきた文化の一つなのではないかと感じています。
4.屋敷神は私のアイデンティティにもなった
子どもの頃、屋敷神は私にとって「家の中にある小さな神社」でした。
そこに神社がある理由を深く考えることもなく、遊び場でもある築山の上に、いつも静かに鎮座している存在でした。
子どもの頃には気付かなかったことですが、年月を重ねるうちに、その存在は少しずつ変わってきました。
毎年同じように掃除をし、お供えを続けているうちに、自分が屋敷神を守っているのではなく、屋敷神に見守られながら暮らしているような気持ちになることがあります。
屋敷神を守る、向き合うことは、古い習慣を継続することに留まらず、代々受け継がれてきた場や家族や先祖とのつながりも、自分自身が受け継ぎ、次の世代へ手渡していくことなのだと、私は感じています。
今回ご紹介したのは、丸家という一軒の農家に受け継がれてきた屋敷神のお話です。
日本の農村では、それぞれの家に屋敷神があり、さらに地域全体には氏神があります。「家」と「地域」がどのようにつながり、一つの共同体を築いてきたのかという、より大きなテーマが見えてきます。
丸家の小さな屋敷神を見つめていると、家族が屋敷神を大切にし、地域の人々が氏神をともに支えることで、「家」と「地域」はゆるやかにつながり、一つの共同体が形づくられてきたのではないでしょうか。
次回ブログでは、この屋敷神がどのように地域の氏神や祭礼へとつながり、日本の農村共同体を支えてきたのかを、見沼地域の歴史を交えながら考えてみたいと思います。
皆様も、ご実家や故郷、あるいは子どもの頃に何気なく見ていた風景を思い浮かべながら、お読みいただければ幸いです。




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